【ニュース】川崎殺傷事件における藤田孝典氏の意見について

悲惨な事件が起きました。

28日朝、川崎市の路上でスクールバスを待っていた小学生や大人が男に次々と包丁で刺され、警察によりますと2人が死亡し17人がけがをしました。警察は、小学生たちを刺したあとみずから首を刺して死亡したのは川崎市の51歳の男と特定し、殺人の疑いで捜査しています。

引用元:児童など19人刺される 女児ら2人死亡 容疑者を特定

 

この事件については悲惨としか言いようがありません。

 

 

この残虐な事件が発生した後に、藤田孝典氏が下記のツイートをしました。

この意見に結構な数の批判が来ていたり、きれいごとだと言われたりしています。

 

この藤田孝典氏、ツイッター上ではちょっとした?有名人で過去に私も記事にしました。

【悲しい】田端藤田の生討論感想

11月 18, 2018

ゾゾタウン田畑氏にわけのわからぬ理論で噛みついてたネット芸人といった印象を私も持っています。

嘲笑の対象でした。普通にバカだなぁと。

 

今回はそのバカだなぁと思っていた藤田氏の記事についての私の感想を。

『無敵の人』に対するケアというのは絶対に必要

今回犯行に及んだのは、ネットでは『無敵の人』と揶揄される、子供部屋おじさんです。

仕事もせず、ひきこもり、失うものがない=悪い意味でなんでも出来る人のことを無敵の人と呼んでいるわけです。

 

こういった藤田氏のような記事が出ると、加害者を守っているなんて意見が出てくるのですが、それは間違いで、次の凶行を発生させないためには大本の根本から解決しなければ、一定の確率でこういった残虐な事件が生まれてしまいます。

 

例えば、こういった残虐な事件が、『引きこもり』や『無敵の人』によって生まれる確率が高い場合、その対策をしなければなりません。

こういった事件はどういう人が起こすのか

もし無敵の人が多いのであれば、

なぜ無敵の人になったのか

無敵の人が生まれないようにするには社会がどうすればよいか

 

こういうことを考えるのは加害者保護の観点ではありません。

二度と同じ凶行がうまれないための建設的な話です。

 

 

もし、無敵の人に対する社会的ケアがあった場合、生まれなかった事件かもしれません。

 

 

 

だから藤田氏の唱える『社会はあなたを大事にしているし何かができるかもしれない。社会はあなたの命を軽視していないし、死んでほしいと思っている人間など1人もいない、というメッセージを発していくべき。』というのは私も賛成です。

藤田孝典氏の二つの過ち

意見に賛成ですが、やはりこの藤田孝典氏はバカだなと思うわけです。

この藤田氏は二つの過ちをしていると思います。

そのせいで一つの重要な伝えるべきメッセージが上手く伝わっていないのではとても残念です。

記事を出すタイミング

今回の記事は絶対にこのタイミングで出すべきものではない

これだけ悲惨な事件でそして発生して間もない頃に、加害者側に『寄り添う』とも取られかねないこの記事は、普通の人はまともに受け付けない。

人の感情が分からないサイコパスと思われて終わってしまう。

伝え方がおかしい

藤田氏の書いた記事のタイトルは、『川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい』というもの。

もうこれがダメ。

こんなタイトルだと、ただの逆張りした人権派の意見にしか思われない。

 

 

中身についても、
「そのメッセージを受け取った無敵の人を刺激しないために」

icon-quote-left 「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい icon-quote-right

というものになっている。

なんだそのチープな話は。

 

 

私は藤田氏本人じゃないから分からないけど、一番伝えたいのは、

秋葉原無差別殺傷事件など過去の事件でも、被告が述べるのは「社会に対する怨恨」「幸せそうな人々への怨恨」である。要するに、何らか社会に対する恨みを募らせている場合が多く、「社会は辛い自分に何もしてくれない」という一方的な感情を有している場合がある。類似の事件をこれ以上発生させないためにも、困っていたり、辛いことがあれば、社会は手を差し伸べるし、何かしらできることはあるというメッセージの必要性を痛感している。

ここの部分じゃないのか?絶対にそうでしょう。

 

 

もちろん書き手のせいですが、変なところがピックアップされてしまっててすごく残念な記事になってしまっているなと。

 

実際に藤田氏が、『刺激しないで』を一番に言いたかったのであれば仕方ありませんが。彼ならそう思ってそうなのが怖くもある。

加害者保護じゃない。無敵の人対策は必要だよ

私は人権派でもなければ、犯人の気持ちが分かるわけでもありません。

むしろ犯人に対して「一人で〇ね!」と思ってます。

 

今回の藤田氏の主張が綺麗事なんて言われておりますが、

無敵の人が無差別に残虐な事件を起こしているのは事実です。

 

事実であればそれに対策をしなければなりません。

こういった殺人を起こす人はそもそも理解不能だから。
たまたま理解不能の近くにいた人は不運だったね。

じゃダメなんです。

 

 

その理解不能な人が生まれないために動かなければ、また一定確率で事件は発生します。

 

私は大切な人が、事件に遭遇した時にたまたま無敵の人の近くにいたから不運だったねで済まされたくありません。

出来る対策は取っていてほしい。無敵の人が生まれないようにしてほしい。

 

 

だから無敵の人が生まれないような社会作りやケアというのは間違いなく必要だと私は思います。

これは彼らのためじゃないです、被害者になる可能性のある私たちのためです。

だからこの藤田氏の意見はもっと議論されるべきで社会に訴えかけるべきものだとおもっています。

 

 

 

ただ、今回の件については藤田氏が下手すぎる

社会に対しての大事なメッセージだと思うだけに、本当に残念。